核戦争防止国際医師会議(IPPNW)世界大会が23年ぶりに広島で開催されます。1989年に第9回大会が広島・長崎で開催されてからこれまで、残念ながら核兵器を取り巻く世界の状況は悪化の一途をたどっていました。2009年にオバマ大統領が「核兵器のない世界を目指す」と誓った「プラハ演説」を機に、核兵器廃絶運動の気運は急速に高まりましたが、その後もアメリカは臨界前核実験を続けており、世界には依然として約19,000発の核弾頭があります。核兵器廃絶の道は険しいままです。
このような中、IPPNWの原点である被爆地広島において、ふたたび世界大会を開催することは、大変意義深いことであると考えます。私事ですが、1945年8月6日、私は4才でしたが、朝8時私のふるさとに向け、舟で広島を出発しました。その15分後船上で私は原爆の炸裂音を聞きました。ドドーンという音と共に舟は振動しました。私は助かったのです。私の叔母は市内のやや東の比治山で電車内被爆をしました。私の病院は比治山にあり、病院名の始めにはヒロシマを付けています。叔母を思ってのことです。被爆地広島で世界大会を開催する意味を考え、皆でIPPNWの活動の原点に立ち返り、核兵器廃絶への思いをあらためて強くしていただきたいと思います。
去る5月9日に急逝いたしました故碓井静照IPPNW日本支部長は、23年ぶりに広島で開催される本世界大会を成功させるべく全力で準備を進めておりました。本大会では「ヒロシマから未来の世代へ」をメインテーマに、被爆地広島から再び核兵器廃絶のメッセージを世界に発信し、悲惨な被爆体験を次世代に伝えるべく企画運営に当たることを心待ちにしておりました。この碓井静照先生が成し遂げようとしたご遺志を継いで必ずや本大会を成功させるよう努めてまいります。
今大会の準備を進める中、福島第一原発事故が起こり、世界各国に多大なご心配とご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げますとともに、IPPNW各支部からは励ましのお言葉、そして多大な義援金によるご支援も賜り、この場をお借りしてお礼申し上げます。
生命と健康を守る使命を持つ医師として、私達は核兵器廃絶への訴えを継続していくとともに、放射線の健康影響について正しい情報を世界へ発信していきたいと思います。各人が自分にできることを行い、核兵器の悲惨さ・非人道性を若い世代に伝え、これからの核兵器廃絶運動を継承していきたいと存じます。大会開催までご支援、ご協力いただきました多くの皆さまに、また、国内はもちろん、世界中からの多数のご参加に心より感謝を申し上げます。
第20回IPPNW世界大会長
IPPNW日本支部長
社団法人広島県医師会長
平松 恵一
2010年のバーゼルでの第19回IPPNW世界大会の席で、2012年8月の広島での第20回世界大会の開催が決定され、主催者としてその準備に鋭意取り組んでいるところです。
広島での世界大会は、第9回大会以来23年ぶりになります。第9回大会の行われた1989年は、ベルリンの壁が崩壊する直前で、核戦争への危機感も未だ強く、またバブル経済真っただ中でもあり、多額の寄付が集まったため、資金的に大変余裕のある大会でした。
今回は、世界的な景気後退の中、日本も例外ではなく、寄付集めに苦心しておりました。そんな中、東北地方で未曾有の地震・津波が発生し、福島原発事故も追い打ちし、医師会や各医師会員総出で医療支援に奔走しているところです。現在、医師会員に限らず、寄付行為の大部分が東北地方に向けられており、世界大会への寄付集めにさらに苦戦しております。
このような財政事情の中、一人でも多くの方々の御参加により、盛大な大会にできればと願っておりますとともに、発展途上国の会員や医学生への支援を、可能な限り行いたいと考えております。
大会のテーマにつきましても、「核兵器廃絶」「被爆の後障害」などを軸に検討しておりましたが、「福島原発事故」が日本のみならず、世界的な関心と危惧をまねいていることに鑑み、これをメインテーマの一つに置くことといたしました。このため、大会のスケジュール全体が、時間的にやや窮屈になっている感はいなめません。
また、被曝者の高齢化により、広島・長崎での核兵器廃絶運動の後退が危惧されております。私は両親が被曝者の、いわゆる被爆2世ですが、被爆2世も40~60歳の年齢に達しております。若い世代に被爆の記憶を継承していくために、我々被爆2世が中心となっていかなければならないと考え、新たに「被爆2世医師の会」を立ち上げました。「被爆医師の証言」とともに、この会につきましても、報告の場をもうけたいと考えております。
スケジュールの都合上、また財務運営上、いろいろ御無理をお願いすることも多いかと思いますが、何卒ご参加・ご協力の程お願いいたします。
第20回IPPNW世界大会実行委員長
IPPNW 国際副評議員
広島県医師会 常任理事
柳田 実郎
IPPNW史上最多の約3000名の参加者を集めた第9回世界大会(広島、1989年)は、私が初めて参加し、ワークショップを企画しモデレーターを務めた最初の世界大会でした。以後、世界大会には毎回参加し、広島大学を定年退官後はIPPNW日本支部事務総長に就任するという、私の生涯に大きな影響を与えることとなったことに感慨を覚えます。
2012年に同じ広島国際会議場で開催される第20回世界大会のプログラム委員長として、この大会は「放射線の人体影響に関する科学の基礎となっているヒロシマ・ナガサキの原爆の与えた健康影響に関する最新の知見を報告し」、「被爆体験を若い世代に継承し」、「新しい反核平和運動の担い手と新しい活力ある運動を育て」、「軍備に頼る国家の安全保障から、地球上すべての人間の安全保障を目指す」ための内容を盛り込めるよう考えてきました。ところが3月11日の東日本大震災と津波によって東電福島第一原発事故が引き起こされました。この事故と人々の健康に対する影響に世界中の人々の関心が集まっていることから、多くの時間を費やす必要があり、全体会議のスケジュールが非常に窮屈なものになってしまいました。お詫び申しあげますとともに、ワークショップや会場外のディスカッションを通じてお互いの意思を交換し、その全てを含めて実りある大会となりますよう、ご参加の皆様のお力添えをお願い申しあげます。
第9回世界大会では、大会期間中も東西冷戦構造が次々と崩れ、新しい世界への息吹を感じ取りました。同じ広島で開催される第20回世界大会が、「全ての人たちの人権が護られた平和な世界」を創るために、若い世代とともに確かな歩みを進めるための糧となりますことを祈念しています。
第20回IPPNW世界大会プログラム委員長
IPPNW日本支部事務総長
広島大学名誉教授
片岡 勝子